2013年5月6日月曜日

書評2 「こうのとり追って」 晩産化時代の妊娠・出産   毎日新聞社取材班

この本も、不妊治療を受けている方に読んで頂きたい本です。
当クリニックでも、職員にも課題図書として読んでもらっていますし、クリニックの待合室にも複数、おいてあります。
「まさかの不妊」「不妊治療の光と影」「卵子・精子提供という選択」「出生前診断のいま」「不育症の苦しみ」「心でつながる親子」という目次を見ると判るように、不妊治療から養子まで、多岐にわたって取材されています。
詳しい内容は直接読んで頂いた方が良いでしょう。
総評としては、不妊治療を受けるにしても、出生前診断を受けるにしても、生む選択・生まない選択、養子という選択をするにしても、決して「白黒」はっきりしているものではなく、様々な考え方があり、問題も解決策も一つではないと考えさせられる本であり、不妊治療を受けている方のみではなく、是非医療関係者にも読んで頂きたい本です。

ただし、いくつか細かい点でのコメントは述べさせて頂きます。
 P24からは、当クリニックでも診療をお手伝い頂いている千葉大学医学部泌尿器科教授の市川智彦先生のコメントも載っています。市川先生は生殖医学会副理事長でもあるのです。ここまで来たら、毎日さん、高橋にも声をかけて欲しかったな~。(なんて実際は私には荷が重いでしょうね)
 この本では、「排卵誘発剤を使用することで、体を痛めたり、排卵誘発剤を長年使うと採卵しにくくなる」との論調をとっていますが、これは私は誤解を生みやすい書き方だと思います。実際には排卵誘発剤を使用した方が、妊娠率が高いし、妊娠時期が早まることはデータとしてでています。むしろ使用しないでいると、それだけ妊娠までの時間がかかり、実際には時間切れになってしまう可能性が高くなります。自然の方が妊娠率が高く、妊娠時期が早いというデータは見たことがありません。(実際にはこのような比較データはとれないでしょう)この本でも最初に書かれているように不妊治療で今問題なのは、「卵子の老化」であり、女性の年齢なのです。今の大半の不妊治療の方の問題は、「年齢」です。高齢の方は排卵誘発剤を使用しなくても、急速に卵巣の機能は低下し、半年でも明らかに卵子数は低下し、染色体異常も増え、排卵障害もおこりやすくなるのです。排卵誘発剤の使用の有無ではなく、むしろ少しでも若いときの卵子を利用できるように努力する方向性を考えることが重要でしょう。私のクリニックでも自然周期やマイルド法も採用していますが、自然な事にこだわりすぎると、それだけで時間切れとなります。この本の中での方は、非常に高齢であり、排卵誘発剤の使用の有無が問題でなかった、とも考えられるのです。
 私のクリニックも属しているJISARTの中の数施設は、日本での卵子提供も倫理委員会を設置して開始しています。これは日本産科婦人科学会にも容認されています。しかし、JISART全部の施設が、卵子提供を推進しているものでもありません。JISART自体は、より高度で信頼の出来る生殖補助医療を提供することを本来の目的としており、「卵子提供を目的」としているものではありません。実際に卵子提供プログラムを進めるかどうかは、各施設の判断によるのです。私のクリニックでは、卵子提供をおこなえる時期ではないと判断しています。
 不育症の項目で”「また流産」原因不明が6割”は非常に誤解を招く数字です。この本でも書かれているように、流産の8割は偶然おきた胎児の染色体異常です。したがって、2回流産された方のほとんど(約2/3)は偶然おきた染色体異常であり、それ以外の不育症の原因は少ないのです。2回連続流産した方でも何もしなくても3回目では約7割の方が妊娠継続します。3回連続流産された方でも、4回目では約5割が妊娠継続します。「不育症の”原因不明”が6割」は誤解を招きます。別の言い方をすれば、「不育症の大半が、特別な不育症の原因がなく、偶然おきた赤ちゃんの染色体異常ですよ。」とも言えるのです。またこの本での不育症は、2回で不育症としていますが、習慣流産は依然として3回連続の流産と定義されます。最近では妊娠回数が少なくなっているので、2回連続でも反復流産として不育症の検査をしてもよいでしょう、という意味とお考え頂いた方が良いでしょう。また名古屋市大の杉浦教授(不育症の第一人者です)も指摘しているように、1回の検査結果で、12因子やプロテインSなどの血液凝固能などの不育症の診断は出来ません。異常値は再検査して”判断”すべきだと思います。当クリニックで異常値を再検査すると、半数以上は正常値を示します。人間の血液の検査では、このようなことは頻回におこっているのです。
 具体的な医療技術の話だと、話は終わらなくなってしまいます。ここまで一気に書いたところで、反省しています。
 最後に、再度、この本は、今治療を受けている当事者に限らず、医療関係者にも是非読んで頂きたい、様々な問題を投げかけている、非常にお勧めのルポルタージュです。








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